猫の空間

10年ちょっと住んでいた前の家から駅まで行く途中にあるマンションには、道路に面した駐輪場に猫が住んでいた。
住んでいるといっても普段はどこかに行っているようで、天気のいい昼下がりと夜中、あとは飯どきに通りがかれば用意された寝床でグデグデしている姿を見ることができた。猫好きだけど面倒みる自信もない自分は毎日の様に駐車場を覗き、猫の所在の有無で一喜一憂していた。
10年も通っていれば少しは仲良くなれそうなものだけど、敷地に入らないよう道路の端からしゃがんで手を伸ばしても近寄ってきた回数は両手ほどもない。匂いをかいだのは片手ほどで、舐めたのは数回、猫パンチは実にただの一回だけ。それでもこっちは親近感を抱くし、10年の間にだいぶ太ったが変わらず可愛いので写真も結構な枚数撮っている。名前を知らないので丸まった姿がアンモナイトみたいだから「あんも」と呼んでいた。
一月ほど前に用があって戻ったとき、駐輪場を覗いてみたら見慣れない貼り紙があり、猫の本名と思われる名前と「助けるためにご協力を」の一文が書かれていた。貼り紙の内容を知ってか知らずか、あんもは変わらずグデグデしていた。
先日また用があって戻ったとき、寝床も貼り紙もきれいに片付けられ、あんもの姿もなかった。駐輪場住まいに反対する住民がいたのか、具合が悪かったのか、あんもが今どういう状態でどこにいるのか、何も分からない。ただ分かるのは、あんも(何という事だろう、オスかメスかも知らないから名前で書くしかないのだ)がいなくなって、ここは自分が知っている場所じゃなくなったんだって事だ。自分がここで過ごした10年近くが確実に過去の物になっていて、この一帯の変化と自分は完全に切り離されてしまったんだという事だ。
住民票はまだそこのままなんだけど。